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東京高等裁判所 昭和47年(う)2385号 判決 1973年3月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右の刑に算入する。

理由

(控訴の趣意)

弁護人木村昇が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

論旨は事実誤認、法令の適用の誤りおよび量刑不当を主張するものであるが、これに対する判断に先だち、職権をもつて原判決の理由を調査するのに、原判決は、刑法二三六条一項の強盗罪の罪となるべき事実(第二の事実)として、「前記暴行に引続き、前記場所において、前記暴行により抵抗の気力を失つてその場にうずくまつている前記高橋に対し、『お前本当に金がないのか』と申し向けながら、同人の背広左内ポケットに手を差し入れてビニール製二つ折定期券入れを取り出したうえ、同人が抵抗できない状態にあるのに乗じて、右定期入れ在中の同人所有の一万円札一枚および腕時計一個(時価一、五〇〇円位相当)を強取し」と判示している。しかしながら、同条項の強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによつて成立する犯罪であるから、その暴行または脅迫は財物奪取の目的をもつてなされるものでなければならない。それゆえ、当初は財物奪取の意思がなく他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至つて初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては、犯人がその意思を生じた後に改めて被害者の抗拒を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為が存在してはじめて強盗罪の成立があるものと解すべきである(もつとも、この場合は、被害者はそれ以前に被告人から加えられた暴行またに脅迫の影響によりすでにある程度抵抗困難な状態に陥つているのが通例であろうから、その後の暴行・脅迫は通常の強盗罪の場合に比し程度の弱いもので足りることが多いであろうし、また、前に被告人が暴行・脅追を加えている関係上、被害者としてはさらに暴行・脅迫(特にその前者)を加えられるかもしれないと考え易い状況にあるわけであるから、被告人のささいな言動もまた被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫となりうることに注意する必要がある。しかし、いずれにしても、さらに暴行または脅迫の行なわれることを要することに変りはない。)。そして右の暴行または脅迫の行なわれたことは、もとより強盗罪の罪となるべき事実として具体的かつ明確に判示されなければならない。しかるに、原判決をみると、被告人が奪取の意思発生前に加えた暴行により畏怖している被害者の懐中に手を差し入れて、抵抗不能の状態にある同人から金品を取り上げた事実は判示されているが、右の判示では、財物奪取の意思を生じた後にその手段として暴行はもとよりなんらかの脅迫が行なわれたことも判示されているとはいいがたい。あるいは、その中に「同人が抵抗できない状態にあるのに乗じ」とあるところからみると、そこに一種の暗黙の脅迫が行なわれたことを認定した趣旨であるかとも想像されなくはないけれども、そう解するには表現があまりに抽象的で罪となるべき事実の要素としての脅迫の判示があつたとするには不十分だといわざるをえないのである。また、被告人が被害者の懐中に手を差し入れる際「お前本当に金がないのか」と申し向けたことが判示されているが、これはその文言自体からも明らかなように、暗黙にもせよ被害者に害を加うべき脅迫の意思表示とみることはできない。これを要するに、原判決はその(罪となるべき事実)第二において強盗罪の成立に必要な暴行または脅迫の行為につきその判示が十分であるとはいいがたいのであるから、その理由が不備であるというのほかなく、控訴趣意に対して判断をするまでもなく、この点において破棄を免れない。

以上の次第で、刑訴法三九七条一項、三七八条四号によつて原判決を破棄し、当審において予備的訴因の追加があつたので、同法四〇〇条但書を適用して、さらに当裁判所において次のとおり判決をすることとする。

罪となるべき事実は、原判決の(罪となるべき事実)のうち、第二を次のように変更して認定する(第一および累犯前科は原判決の確定したところによる。)。

第二 前記のように暴行を加えたのち、右高橋から金品を強取しようと考え、右の場所において、前記暴行を受けた結果その場にうずくまつている同人が畏怖しているのに乗じ、「金はどこにあるのか」「無銭飲食だ」などと言いながら、その背広左内ポケットに手を差し入れて懐中をさぐり、その態度からして、もしその財物奪取を拒否すればさらに激しい暴行を加えられるものと同人を畏怖させて脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、同人からその所有の一万円札一枚および腕時計一個(時価一、五〇〇円位相当)を取り上げて、これを強取した。

(右認定の事実に対する証拠の標目)<略>

(法令の適用)

原判決の確定した被告人の原判示第一の所為は刑法二〇四条、改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条による。)に、当裁判所認定の第二の事実は刑法二三六条一項にそれぞれ該当するところ、傷害罪については所定刑中懲役刑を選択し、被告人には原判示の累犯前科があるので、同法五六条一項、五七条により右各罪について(後者については同法一四条の制限に従い)それぞれ再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い強盗罪の刑に同法一四条の制限に従つて法定の加重をし、なお、本件犯行の動機、態様、罪質、被害者との間に示談が成立していることその他諸般の情状にかんがみ、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、原審における未決勾留日数の算入につき同法二一条、原審および当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決をする。

(中野次雄 藤野英一 粕谷俊治)

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